ちょっとしたおはなし。



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最後の頁をめくれば
category:色彩
07/12/11 改訂版





はっとして沙織は顔を上げた。ざわついている教室。チャイムの余韻。消され始める黒板。
(――っ、しまった…)
 どうやら寝てしまっていたらしい。手元のノートを見ると、左上にちょこっと何か書いてあるものの、途中からミミズがのたくったような文字になっている。相当始めの方から力尽きていたようだ。
(あー…来週から中間なのに…)
 真っ白なノートにがっくりと肩を落とす。苦手な日本史だけにこれはかなりの痛手だ。誰かに見せてもらおう。そう思って教室を見渡すと、斜め後ろにいた川島と目が合った。
「…何?」
「いや、よー寝てたなあと思って」
「ちょ、何見てんのヘンタイ!」
「な、アホか!視界に入るんやから仕方ないやろ?!」
「嘘くさー…」
「…ほんならええわ、困ってるようやったから貸してやろうと思ってたけど」
「何をよ?」
「さっきの日本史のノート」
「は?!」
 沙織は耳を疑った。どちらかと言えば授業中寝ていることの多い川島が、きちんとノートを取っているなんてにわかには信じられなかった。
「…熱でもあんの?」
「うっさいな、俺日本史好きやもん」
「へえー…ほぼ授業放棄してる川島がねえ…」
「…わかった、ノートはええんやな」
 わざとらしく溜息をついて、川島はノートを鞄に仕舞おうとする。日本史のテストはほぼノートから出るといっていい。ここで誰かに借りられなければ赤点は必死だ。それだけは避けたい。慌てて待って、と声をかけた。
「なんや、そんなにノート見たいんか?」
 こくこくと頷く沙織に、にやりと川島は笑った。
「ほんならちゃんと頼んでみー?」
「くっ…人が下手に出りゃつけあがりやがって…!」
「ノート」
 そう言われて、沙織はう、と詰まる。笑っている川島はムカつくが、ここで借りられなければ意味がない。
「…お願いします、ノート貸してください」
「川島様」
「…川島様!」
「はいよくできましたー」
 川島はそう言ってノートを差し出した。沙織は溜息をつきながらそれを受け取る。
「もー、素直に貸してくれればいーのにー」
 思わずそう呟くと、突然川島が噴出した。
「えっ何?!何笑ってんの?!」
「いや…くくっ、他の奴に借りようとかさ、考えんかったんかって、ふ、思うとな、アホやな、て、ははっ」
 笑い続ける川島に、かっ、と顔が赤くなる。これじゃあまるで自分が『川島の』ノートを借りたがっていたみたいではないか。
「そんなに俺のノート借りたかったんですかー?」
「ちっがーう!無い!絶対無い!!」
 そう沙織が叫ぶと同時に予鈴が鳴った。ガラガラと戸を開けて先生も入ってくる。
「っありがたくこれは借りとく!明日までには返すから!」
「おー、そうしてくれや」
 まだ笑い続ける川島を横目で睨んで、沙織は次の授業にいるものを鞄の中から引っ張り出した。


*** ***


現国の授業ほどつまらないものはない、と沙織は思う。それは自分の得意とする教科であると同時に、この担当教師の授業が面白くないからでもあった。
(…暇だし、日本史でも写すかあ)
 自分のものと川島のノートを机から取り出し、パラパラとめくった。
(へぇー…あいつ結構字ぃ綺麗やん。意外ー)
そう思いながら写していると、ページの隅に小さな字で『河本へ』と書かれているのが目に入った。よくよく見ると、続きに『最後のページを見よ』とある。
(……最後のページ?)
 なんやねん、と思いながらノートを最後までめくる。そのページの一番上の行に丁寧な文字が並んでいた。


   『好きです。付き合ってくれん?』


(………は?え?!)
 驚いて大声を出しそうになったところを、手で口を塞ぐことによって辛うじて飲み込んだ。斜め後ろをチラリと盗み見ると、机に突っ伏して授業を受けているいつも通りの川島がいた。が、心なしか耳が赤くなっているように見えるのは気のせいだろうか。
(…もしかして今の見てた?ってか何であたし?!)
 確かに川島はクラスの男子の中でもよく喋る方だし、さっきみたいにふざけあったりもできる相手だ。しかし、川島は以前好きなタイプは「女の子らしいコ」だと言っていなかっただろうか?どちらかといえば自分は逆の位置にあるような気がするのだが…。
 川島のことを全くそういう対象に見ていなかった沙織は、頭が混乱し始めた。とりあえず自分のノートの端を破って、『見たけど、あれ何?』と書いて川島に投げて寄越す。それに気付いた川島はむくりと起き上がってその紙切れを見た。瞬間、ぐっと眉間に皴が寄ったが、川島も何事かを書いて沙織に渡した。

   『何って、そんまんまやけど』
   『…冗談ナシ?』
   『冗談で俺があんなこと書けるかよ
    俺は 沙織が好き』

 読んだ瞬間、ドキリと心臓が跳ね上がった。綺麗な字面でそんなことを書かれると、余計に。しかも下の名前でなんて。顔が赤くなってやしないだろうか、と沙織は思った。

   『…わかった、ちょっと考えさせて
    返事はノートにかくから』

 それを渡すと、川島から返事は返ってこなかった。了解という意味なのだろう。どうしよう、と沙織が頭を抱えていると、終業を告げるチャイムが鳴った。


*** ***


HRも終わり、沙織は一人ぽつんと教室に残っていた。目の前には川島のノート。当の本人はとっくに部活に行ってしまっていて、ここにはもういない。窓の外からはサッカー部の掛け声や、カキーン、という野球部の白球を打つ音が聞こえる。
(あー…そういや川島、野球部とか言ってたっけ?)
 教室からグラウンドを見ると、手前の方で紅白戦をやっているのが見えた。丁度守備についているらしく、川島は二塁と三塁の間で構えている。
(ショートは運動神経のいいやつが守るんだとか言ってたな、そういえば)
 レギュラーを取れたと嬉しそうに自慢していたことを思い出していると、打球が川島のほうに向かっていく。ワンバウンドした球をダイビングで捕る川島。思わず沙織は身を乗り出した。川島は素早く前転の要領で起き上がると、セカンドに球を放る。そしてそれはそのままファーストにパスされツーアウト。どうやらこれでこの回は終わりらしく、守備についていた川島たちはベンチへと引き上げていった。
(う、わ、…何、今の…)
 一瞬で魅せられた。川島のプレーもだが、何よりもあの真剣な顔に。教室では見たことがないあの表情に。
 しばらく川島をじっと見ていた沙織だったが、何事かを決めたらしく、よし、と気合を入れた。そしてノートの最後のページを開き、さらさらとシャーペンを走らせる。それに満足そうに笑うと、パタンとノートを閉じた。

 

*** ***

 


(…うわ、寒ぅ!)
 着替え終わって部室を出ると、いきなり冷たい風が川島を襲った。十月も過ぎると陽の出ているうちはまだ暖かい時もあるが、沈んでしまえば極端に寒くなってしまった。外練が厳しくなるなあ、と思いながらマフラーを巻き直す。
 部室の扉を閉め、ふと校舎を見上げた。すると、二階の教室に明かりがついている。場所からすると、自分達が使っている教室だ。
(…まさか。おるわけないやん)
 時計を確認すると、もう七時近くを指している。何も部に入っていない沙織なら既に帰っていておかしくない時間だ。何か見えないかじっと目を凝らす。かすかだが、窓際の所に少しだけ盛り上がった影が見えた。
(あそこは…)
「川島?何してんの、帰っぞー?」
 友人に声を掛けられてはっとした。どうせ気になるなら行ってしまえ!
「悪ぃ!先帰っといて!」
「え、何?!」
「教室に忘れもんー!!」
 走り出した川島の声は、その友人にほとんど届くことはなかった。


 まだ明かりの灯っている教室の前に来て、川島は息を整えた。扉に手をかける。もしあの影が沙織でなかったとしても、それはそれで仕方ない。どうせあのまま帰っていても気になるのだろうから。
 ふー、ともう一度息を吐くと、そっと扉を開けた。
 明るい光が薄暗い廊下に漏れる。中に入ると、外と違って暖かかった。まだ暖房が入っているらしい。マフラーを少し緩めながら教室を見渡すと、後ろから三番目、窓際の席に――沙織がいた。机に伏しているということは、また寝ているのだろうか。川島は沙織に近付くと肩を揺らした。
「河本、寝てんの?風邪引くぞー」
 そう言いながら、チャンスだと思って頬や髪に触れてみる。自分とは違ったさらさらとした感触に眩暈がしそうだった。
「…河本、いい加減起きーや」
 ぺちぺちと頬を叩くと、「うーん」と沙織が身じろぎした。と、同時にがばっと起き上がる。
「…っ寝てた?!」
「おう」
「って川島?!なんでここにいんの?!」
「部活終わって帰ろうとしたら電気点きっぱなしやし、誰が残ってんのかなーて気になって」
「あ、そうなんだ…」
 起きた瞬間はテンパっていたみたいだが、川島の言葉を聞いて落ち着いてきたらしい。沙織は肩の力を抜くと、ほう、と息をついてイスに座り直した。
「…?帰らんの?」
「いや、帰るけど…」
 そう言って沙織は机の上に視線を落とす。そこにはノートが置いてあった。瞬時に川島は自分のものだとわかったが、何も言えなかった。
「…これ、返すね。ありがと、助かった」
「あ、うん」
 ノートを差し出されて、川島はそれを受け取った。結構あっさりと返されてしまったのと、今すぐここで見てしまうのはどうだろう、と思うと、その一言しか出てこなかった。
「……見らんの?」
「え、あ、そりゃ見るけどここで?!」
「ここで見ないでいつ見んの」
「い、家で、とか…?」
「…女々しいなあ」
「いや、本人の前ですぐ見んのもどうかと思って…なんかがっついてるみたいやんか?」
 すぐ見たい気持ちはある。けれど、本音を言ってしまえば断られた時の事を考えると気まずいからに他ならないからだった。沙織が自分のことを友達としてしか見ていなかったのは現国の時間に確証済みだ。確立から考えて、フラれる事の方が格段に高い気がした。
「いいから見なよ」
「…わかった」
意を決して、そっと裏表紙をめくる。そこには沙織の字で、『直接言ってくれればいいよ』と書いてあった。
「……直接、て」
「見てわからん?そのまんまの意味だけど」
 そういう沙織の頬がほんのり赤くなっているのは、都合のいいように取ってもいいのだろうか。
「…わかった。じゃあ…」
「…うん」
「………」
「………」
「………」
「…まだ?」
「ちょっ、心の準備が!」
 すー、はー、と川島は深く深呼吸する。何かもっといい言葉はないかと探したけれど、そんなのは自分のガラじゃない。そのままのことばをぶつけようと、まっすぐに沙織を見た。
「…好きです。付き合ってください」
 間が開く。期待したけどやっぱダメだったか…と、川島は目を伏せた時。
「…ん、いーよ」
 その一言に顔を上げる。
「え、マジで?!」
「こんな時に冗談言えませーん」
 ふい、とそっぽを向く沙織の頬は、さっきよりも真っ赤に色付いていた。自分の顔も赤くなっているだろうけども。
「…帰ろうや」
「…ん」
 川島が手を差し出す。沙織はそっとその手を取り、二人は教室をあとにした。





ちょっとはすっきりしたかな?と思いますがどうでしょう?
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